志村けんさん哀悼 | Webライター真由のアフターパーティー

 

志村けんさん哀悼

  • 2020年3月31日 11:00 PM

志村けんさんの死去は芸能界の内外を悲しませましたね。70歳でまだまだお元気だったのに、まさか新型コロナに感染してしまうなんて・・・。

でもこういうときに、生前のその人の人望って出るわよね。志村さんのことで悪い話はもとから全然聞こえてこなかったけれど、亡くなってから初めて知ったお話もみな良いお話ばかり。

志村さんは昭和25年(1950年)の生まれだから、終戦後5年目にこの世に生を受けたことになりますね。「東村山音頭」で有名になった東京は東村山市の出身で、中学生の頃からお笑いの道を目指していたんだって。高校卒業の少し前にドリフターズのリーダーであるいかりや長介さんのところへ、何のコネもなく押しかけて弟子入りを直談判するぐらい、迷いなく自分の進みたい道を定めていたのね。最初は門前払いみたいな感じで断られるんだけど、あきらめずに押しの一手だったみたい。

そんな志村さんがドリフの見習いメンバーになったのが1973年12月。ちょうど荒井注さんが抜ける頃で、翌年の春に正規メンバーに昇格したのよね。そこからはもう、最初の2年間ほどは苦戦したみたいだけど、着々と活躍していって、超一流のコメディアンになりましたね。

生涯独身を貫いた志村さんだけど、本当、国民全員が親戚みたいなもんでしたね。

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